貨幣展示室 タイコイン

あくまで個人的な記録用です、ご了承のほど。

§ 55.パレスチナのコイン

Palestine
国を持たずいつも迫害されていたユダヤ人がシオニズム運動から集結した地域の貨幣。
1922年(貨幣発行は1927から)から1947年まで。
1948年にはイスラエルとして独立。
英語、ヘブライ語、アラビア語を併記した貨幣はこの期間のみと理解している。
現在のパレスチナ自治区はこの土地を追われたアラビア人の集合体。

現在でもアラビア諸国への入国記録があるパスポートではイスラエルには入れない。
そのため紛失と称してパスポートの再発行を受けていた方々がたくさんいる。それをイスラエル入国専用にしていた。


2007/06/18/Mon   パレスチナ/CM:0/TB:0/

§ 54.英国植民地SARAWAK

SARAWAK
今は無き周辺の植民地貨幣 英領その4
ボルネオ島の北部にあったSARAWAK(1841-1946)という事実上英国の植民地。
時の国王から反乱鎮圧を頼まれた探検家Brookが、英国海峡植民地政庁の協力で鎮圧に成功し、褒美として割譲された。
Brookは当初藩王(Rajah)に任じられ、次に白人王 (White Rajah)の称号を与えられ、サラワク王国が建国。
その後イギリスの後ろ盾で次々とブルネイの領土を奪って拡大し、息子、孫と三代続いた。


左の表には「C.BROOKE RAJAH」、裏は「SARAWAK ONE CENT 1887」の文字。
本国はVictoria女王の時代。
今回の写真は英国領植民地で現在はマレーシアの一部だが、当時周辺の状況を推測させてくれる文章を見つけた。
以下、深田祐介著「神鷲商人」新潮文庫版から。
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オランダのインドネシアに対する植民地政策は、他のアジアの旧宗主国、イギリス、フランス、あるいはアメリカあたりと比較して、甚だ徹底していた。ただひたすら「奪った」のである。意固地なほどの愚民政策を貫き、インドネシア人に対する初等教育にさえ手をつけようとしなかった。
十九世紀初めから南部アメリカの奴隷プランテーションに似た「強制栽培制度」を実施、欧州市場向けに、三大作物、コーヒー、砂糖きび、藍を生産したが、この農民奴隷化の強制栽培制度は、米作用の田地を激減させることになって、大規模の飢餓状態をしばし招いた。
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最近仕事で知り合ったインドネシア人も同じようなことを言っていた。
「彼らはただ搾取しただけ。日本軍占領時代の方が少しはましだったと聞いている。食料徴用はあったが。」


2007/06/18/Mon   マレーシア/CM:0/TB:0/

§ 53.オスマン帝国のコイン

Ottoman

オスマン帝国(1299?-1922年 Ottoman Empire)のコイン。
表に共通のデザインがあり裏にイスラム暦で年号の記載がある。
上段左から右にAH(=Anno Hegirae)1223年(=AD1808年)、
AH1225(=AD1810)、AH1277(=AD1860)、中段は全てAH1293(=1876)、
下段左3枚はAH1327(=AD1909)、右端は似たデザインのAD1949パキスタンのもの。
いずれにしても欧州諸国の干渉に晒され滅亡寸前時代のもの。
ちなみにイスラム暦の1年は西暦より11日短く現在の差は579年。
ところで平面円形貨幣を除きタイコインの手持ちネタが無くなってきたので、そろそろブログ名を変更しなければ。
2007/06/14/Thu   オスマン/CM:1/TB:0/

§ 52.キプロス銀貨

キプロス
7年前ほどに訪れたキプロス、ニコシアの街角で偶然見つけたのが左側の英国統治50周年の45Piastres銀貨。
このコインは中断していた蒐集を再開させるキッカケとなった思い出のもの。
貨幣のなかに地域の歴史が凝縮されているような、そんな重さを感じさせた。
この銀貨でキプロスが英国領だったことを思い出した次第。
北側をトルコ軍に占領されたのがさほど昔ではなく、当時、緩衝地帯を国連軍が監視していたのを見ることができた。

左側45Piastres、外寸:38.5mm、質量:28.28g、銀品位925。
英国統治が始まった1878と発行年1928の文字が見える。
中央18Piastres、外寸:29.5mm、質量:11.31g、銀品位925。
右側  9Piastres、外寸:23.6mm、質量:   5.66g、銀品位925。

以下Wikipediaより抜粋。
キプロス島は紀元前にはヒッタイト、アッシリア、エジプト、ギリシアなどの支配を受け、紀元前76年にローマに併合。
ローマ帝国の支配下でキリスト教が伝えられ、帝国分裂後も東ローマ帝国(ビザンツ)の支配下に。
1191年に十字軍の途上にこの島に立ち寄ったイングランド王リチャード1世によって征服されフランク人の支配するキプロス王国が建国される。
1470年に相続者を欠いたことから断絶しヴェネツィア共和国が植民地として入手。
1571年にはオスマン帝国がヴェネツィアから奪いキプロス州を置く。
1878年イギリスは露土戦争後のベルリン会議でオスマン側に便宜を図った代償にキプロス島の統治権を獲得。
1914年勃発した第一次世界大戦でオスマン帝国が敵対したのを理由に併合。
第二次世界大戦後、ギリシャ併合派、トルコ併合派による反イギリス運動が高まったため、1960年にイギリスから独立。
1974年にギリシャ併合強硬派によるクーデターをきっかけにトルコ軍が軍事介入して北キプロスを占領。
北側にトルコ系住民、南側の非占領地域にギリシャ系住民の大半が流入して民族的にも南北に分断。
国際連合の仲介により和平交渉が何度も行われ再統合が模索されているが、解決を見ていない。北キプロス・トルコ共和国を承認しているのはトルコのみ。

ちなみにキプロスの語源は古代ギリシャ語のイトスギ (kyparissos)と銅 (Chalkos) 由来説があり、銅については地名(キプロス)がラテン語や英語で「銅」を意味する単語の語源となったとのこと。


2007/06/04/Mon   キプロス/CM:0/TB:0/

§ 51.インド周辺のコイン

2007/06/04/Mon   インド/CM:0/TB:0/

§ 50.スペインのPhilippusコイン

Spain Philippus2
フィリピンの国名は、スペイン皇太子フェリペ2世(1527-1598)の名から1542年にフィリピナス諸島と名づけられたことに由来するとある。
写真は命名から184年後の1726年発行のフェリペ5世(1683-1746)のもの。
シンガポールにて入手。
外寸:20.2mm、質量:2.44g、素材:銀917
表に「PHILIPPUS V」の文字が読める。
さすがに1542年のものはアジアでは見つからない。
ちなみにフェリペ5世の祖父はフランスのルイ14世紀、祖母はマリー・テレーズ。

2007/06/03/Sun   フィリピン/CM:0/TB:0/

§ 49.大戦中のPhilippinesコイン

Philippines coin
アメリカの植民地かつ日本軍占領下だったPhilippinesの1944年5Cent硬貨。
外寸:18.2mm、質量:4.78g
素材は銅、ニッケル、亜鉛の合金。
造幣局はSanFrancisco。

Pilippines歴史の概要(Wikipediaより)
最も古い民族は25000〜30000年前に移住してきたネグリト族。最終的には紀元前500年〜紀元13世紀の間に移住してきたマレー系民族。
16世紀までは中国や東南アジアとの交易で栄えイスラム教が広まったが、7000を超える諸島を統一した国家は存在しなかった。
1565年にはスペイン領ヌエバ・エスパーニャ副王領(メキシコ)を出航したミゲル・ロペス・デ・レガスピがセブ島を征服したのを皮切りに、徐々に植民地の範囲を広げ、1571年にはマニラ市を含む諸島の大部分が征服され、スペインの領土となった。南部の島々は最後までイスラム勢力の抵抗に遭い征服できなかった。

スペイン植民地時代にローマ・カトリックへの改宗が進み、同時に領民を労役に使う大地主たちが地位を確立、民衆の多くはその労働者に。
独立運動が本格的になるのは、1898年アメリカスペイン戦争勃発により、アメリカはエミリオ・アギナルドらの独立運動を支援。
6月12日、独立宣言がなされる。
米西戦争で独立を果たしたのもつかの間、1899年のパリ条約によりアメリカの統治および植民地化が始まる。
アメリカによる植民地化にフィリピンは猛烈に抵抗したが、米比戦争で60万人のフィリピン人が虐殺され鎮圧される。
その後フィリピン議会議員M・ケソンの尽力で、米国議会は1916年自治を承認。
1934年米国議会は十年後の完全独立を認め、フィリピン議会もこれを承諾しフィリピン自治領に移行。

しかし、第二次世界大戦中に日本軍が占領。そのさなかの1943年にラウレルを大統領として独立(第二共和国)。
この戦争によって当時、東洋で最も美しいといわれたヨーロッパ調の町並みは荒廃した。
1945年の日本敗戦に伴い米領に復帰。
1946年7月4日独立承認(第三共和国)。その後マルコス政権が長く続く。

過去農業政策は何度も失敗し、スペイン時代のプランテーション農業に基づく地主と小作人の関係が現在も続いている。
この地主は全国に数十人おり、彼らの家族が国土の半分以上の土地を所有している。
農村部では半数以上が一日1ドル以下の生活をする最貧困層、南部イスラム地域では75パーセント以上が最貧困層。
フィリピンの経常収支は800万人に及ぶ海外在住労働者の送金によって支えられていると言われている。

上記写真の硬貨は日本軍占領下に発行されたもの。「UNITED STATES OF AMERICA」の文字を入れtたままで発行したことにどんな背景があったか要調査。


2007/06/03/Sun   フィリピン/CM:0/TB:0/
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