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貨幣展示室 タイコイン

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§ 160.銅貝(どうばい)

銅貝 
中国での貨幣歴史の初期概要は次が一般的。
殷(BC1600~1046)
   子安貝(宝貝)を利用した原貝貨が使われる。
西周(BC1046~BC771)後期
   原貝貨を模した銅製の貝貨。
東周・戦国時代(BC403~249)
 【斉】刀銭(反首刀)、圜銭(宝六化、宝四化、宝化、一ヒ)
 【韓・魏・趙】布銭(方足布、尖足布、円足布)、圜銭(垣字銭、共字銭)
 【秦】圜銭(両甾、半両)
前漢(BC202~AD8)
  八銖半両、六銖半両、 四銖半両。
  BC118五銖を発行。この後700年間以上、中国の標準的な貨幣となる。
唐(AD618~907)
  621開元通寶を発行。この貨幣1枚を「一銭」と呼ぶ。
  開元通寶の形状は、これ以降、東アジア通貨の基本形となる。

写真は「原貝貨を模した銅製の貝貨」で銅貝(ドウバイ)というもの。
左は銅貝の表面を金で包金した包金銅貝(ほうきんどうばい)。
包金銅貝は、通常銅貝と異なる価値を持たせたもの、または恩賞もしくは献上用として作られたか。
銅に金をかぶせる方法としては、鍍金と包金の二つが知られていた模様。
鍍金=金と水銀をまぜそれを銅の表面に塗り、火であぶり水銀を蒸発させ金メッキ状態にしたもの
包金=金箔を貼り付けたもの
写真は残念ながら贋作と思われる。最近ではないとしても当時の鋳造ではない。

以下のHPが参考になる。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~kosen/sub/doubai.html
http://www.geocities.jp/hiranocolt/page013.html
http://homepage3.nifty.com/~sirakawa/Coin/C001.htm


2008/08/24/Sun   中国/CM:2/TB:0/
new 161.SAFRA CLUB / MAIN / 159.つまらんぞーぇ old

COMMENT

貝の貨幣  from - hillsidecnx
いくつかの国で貝の貨幣があることは知っていましたが、日本ではそんな事例はなかったですよね~。貨幣というものが中国で完成してから貨幣と一緒に貨幣制度(非物々交換)が日本に入ってきた証拠だと思います。
2008.08.25-00:15/hillsidecnx/URL/EDIT/
  from - tarousa
日本で貝を貨幣として使ったという事例は報告されていないようです。宝貝のような硬くて保存に便利な貝が入手できなかったというより、自給自足できた地域では貨幣の導入が遅れたようです。
日本に中国の文字や文化を積極的に取り入れたのは聖徳太子と言われています。僧や専門家の渡来人を招いたり、遣隋使を出したりと。
聖徳太子の十七条憲法が604年、和銅開宝が708年、貨幣かどうか議論を起こしている富本銭(ふほんせん)がその前の7世紀後半。
こうして並べてみると、聖徳太子は中国の銭の概念は知ったでしょうが、先にやることがたくさんあり、貨幣導入には手をつけなかったことになります。
貨幣経済が始まるのは、貨幣の必要性と同時に政治体制がある程度発達してから、つまり管理体制というものが必須だったようです。
2008.08.26-04:52/tarousa/URL/EDIT/

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